常に動き回ってスポットを見て、考えて、撮るという流れに頭も体もついてくるようになってからは「ここ、チルできるし乗れるよ♪」みたいなスポットにはあまり行かなくなっていた。まあチルはチルで好きだけど、なんて事のないスポットからカットをひねり出す感覚は、とにかくすごく魅力的だった。
自分たちの乗り方とか新しい視点でのスタイルが明確になってきて、それを「スポットライディング」って形容して、共通語みたいに使い始めたのもこの頃だ。
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そもそも、スポットの話を共有するときに「いいカーブ」とか「いいバンク」とかって言いかたは結構一般的だと思う。じゃあ何をもって「いい」のかっていうと、長いとかよく滑るとか広いとかデカいとか、スポットにおけるトリックの自由度に注視しがちだったりする。
嫌な言い方になるかも知れないけど、どんだけ使いやすいスポットなのかってところにしか興味はなくて、あとはスキルの発表会的な…。んなら、パークで良くね?
念のため「そーゆう人たちダサいよ!」とかそんな短絡的な話ではない。実はこの価値観については結構自分でも思い当たることは多い。持ち技が増えることはすごく嬉しい。だからすごくカットに残したくなる。結果、それを発揮できるスポットが大好き!ちょー共感できるし、そういう視点でスポットを選ぶこともある。だけど、そればかりに囚われた結果、必ず行き詰まることは、
「そんな都合のいいスポットはない」
ということ。東京は特にその傾向が強いと思う。日常的にパークがないからストリートで乗る。じゃあストリートに、しかも都心に、デカくて程よくグリップして助走がちゃんと取れるバンク、よく滑って長くて面が広くて苦情が来ないカーブがあるかって、そんなわけない。
結局、街の特性は変えられないわけで、それなら東京の街で東京らしさをもって乗るってことを追求した方が自然だしリアルだ。なにより、もともと乗るために作られてない場所を勝手にスポットと呼んで乗ることがストリートライドの本質だと思う。
街の特性から身体に染み付いた、どローカルなスタイルがあったっていいし、クリエイティブさを追求していく価値観も「スポーツ」じゃないからこそ存在できるBMXの多様性だ。そんな感じであーだこーだ話したことが、スポットに合わせてトリックやらラインを考える「スポットライディング」に繋がったと理解している。個人的には。
誰も見向きもしないような小さなバンク、ウォールというには低すぎるタイトなバンク、どう見てもチャリが詰まるアール、短すぎてスケートでしか使えなさそうなカーブ…よく見てみると都心にはこういうスポットが腐るほどある。
考えて乗って撮ってみて、意外とかっこよくなったり、いやイケてねーなとまた考えたり、エッジの効いていないスポットを改めて見返してルーティーンなら映えそうだと考えたり。そんなことの繰り返しで、腐るほどあるスポットに対して腐るほど頭を捻れば、使い方は見えてくるし、スポットに飽きることも終わりが来ることも、そうそうない。下手したら、カットになるまでに、考えるところから数えて数年かかってることすらある。
「いやーあのスポット、使うまで3年かかったわー」
「まじ?あれとうとう使ったの?やばいね!」
みたいな。発想も込みでスキルって言えるあたりがすごくクリエイティブだと思っているし、気に入ってるし、性に合っている。
マッチョでハードでテクニカルなライディングには敬意を持つ。だけど「とにかくスキルと凄さが正義」っていうスポーティーな価値観の中で、ライダーやローカルとしての「らしさ」とか「多様性」を見失ってしまうのはまっぴらごめんだ。
てめえずいぶんぬるま湯に浸かってんなーと自分でも思う。でもそれ以上に、ぬるま湯から切り開く価値観があっても良くね?と思う。
リアルストリートに組織的に取り組む話のはずが、とんでもなく脱線。
つづく
嫌な言い方になるかも知れないけど、どんだけ使いやすいスポットなのかってところにしか興味はなくて、あとはスキルの発表会的な…。んなら、パークで良くね?
念のため「そーゆう人たちダサいよ!」とかそんな短絡的な話ではない。実はこの価値観については結構自分でも思い当たることは多い。持ち技が増えることはすごく嬉しい。だからすごくカットに残したくなる。結果、それを発揮できるスポットが大好き!ちょー共感できるし、そういう視点でスポットを選ぶこともある。だけど、そればかりに囚われた結果、必ず行き詰まることは、
「そんな都合のいいスポットはない」
ということ。東京は特にその傾向が強いと思う。日常的にパークがないからストリートで乗る。じゃあストリートに、しかも都心に、デカくて程よくグリップして助走がちゃんと取れるバンク、よく滑って長くて面が広くて苦情が来ないカーブがあるかって、そんなわけない。
結局、街の特性は変えられないわけで、それなら東京の街で東京らしさをもって乗るってことを追求した方が自然だしリアルだ。なにより、もともと乗るために作られてない場所を勝手にスポットと呼んで乗ることがストリートライドの本質だと思う。
街の特性から身体に染み付いた、どローカルなスタイルがあったっていいし、クリエイティブさを追求していく価値観も「スポーツ」じゃないからこそ存在できるBMXの多様性だ。そんな感じであーだこーだ話したことが、スポットに合わせてトリックやらラインを考える「スポットライディング」に繋がったと理解している。個人的には。
誰も見向きもしないような小さなバンク、ウォールというには低すぎるタイトなバンク、どう見てもチャリが詰まるアール、短すぎてスケートでしか使えなさそうなカーブ…よく見てみると都心にはこういうスポットが腐るほどある。
考えて乗って撮ってみて、意外とかっこよくなったり、いやイケてねーなとまた考えたり、エッジの効いていないスポットを改めて見返してルーティーンなら映えそうだと考えたり。そんなことの繰り返しで、腐るほどあるスポットに対して腐るほど頭を捻れば、使い方は見えてくるし、スポットに飽きることも終わりが来ることも、そうそうない。下手したら、カットになるまでに、考えるところから数えて数年かかってることすらある。
「いやーあのスポット、使うまで3年かかったわー」
「まじ?あれとうとう使ったの?やばいね!」
みたいな。発想も込みでスキルって言えるあたりがすごくクリエイティブだと思っているし、気に入ってるし、性に合っている。
マッチョでハードでテクニカルなライディングには敬意を持つ。だけど「とにかくスキルと凄さが正義」っていうスポーティーな価値観の中で、ライダーやローカルとしての「らしさ」とか「多様性」を見失ってしまうのはまっぴらごめんだ。
てめえずいぶんぬるま湯に浸かってんなーと自分でも思う。でもそれ以上に、ぬるま湯から切り開く価値観があっても良くね?と思う。
リアルストリートに組織的に取り組む話のはずが、とんでもなく脱線。
つづく