2016年9月18日日曜日

とあるローカルライダーの丸腰な主張⑤

いつだか具体的には覚えてないけど、ペギーとぼくがお互い属してるMoyacyRidersで、DVDを出したいねって話になった。お互い20代半ばを超えるまでチャリに乗ってきて、何かしらの成果が欲しいというごく単純で地味な理由だったと思う。

とりあえず動ける人で撮影を進めて、ちょっと疎遠だったメンバーを触発できればなお良し、みたいな温度感。けっこうみんなに働きかけたつもりだったけど、そう簡単にはいかなかった。20代後半、そりゃみんなチャリンコばっかに時間ツッコんでられないって話だ。仕方ないと思うけど。

ペギーとぼくで撮ったカットが溜まってきたある日、DVDには見切りをつけて、フッテージにしようって流れになった。停滞しまくってるクルーの雰囲気に耐え切れなくて、どちらからともなくっていう感じだったと思う。こうなったら話は早くて「スポットライディングに振り切る」っていうフッテージのコンセプトは、当たり前だけど2秒で決まった。

で「スポットライディング」とか散々イキったくせに公開する瞬間は実は2人してけっこうビビった。

ペギー:これさ…くっそスルーされるかもね…
ぼく:…最悪まこっちゃんに伝わればいいよ…

こんな感じ。

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反応は意外だった。小さいスポットを意図的に使っていることを見てくれる人、クリエイティブだと言ってくれる人、ローカルライダーからサポートライダーまでけっこうな人がブログやSNSに取り上げてくれた。何より、影響を受けてきたゆうごさんや、まこっちゃん、えきさんが、認めてくれたことが嬉しかった。

まあもちろん、なんだこれ?遊んでるだけじゃね?イケてねーなどなど、実際は負のリアクションも多くあっただろうけど、意見の賛否がどうこうというよりも、一つのスタイルとして見られることができたということ自体が大きな成果だった。

ぼくくらいの年齢で「東京のBMXシーン」と言われてSTRANGERやBOREDをイメージする人は結構いると思う。名だたるディストロライダーも東京にいるっちゃいるけど、ぼくは都心のローカルに根付いてきたBMXシーンにしか「東京」を感じなかった。それは、情報や文化の最先端としての東京に興味が持てなかったからだと思う。今の流行りはこれ、次はこれ、っていう様々なカテゴリーにおいての流動性を東京らしさと呼ぶ人もいるだろうが、一時的で根付かない大量の流行を次々とぶち込まれて、言わばレイプされていく「東京」にみんなでしがみつく行為が、好きになれないのだと思う。

だからこそ、一見すると華のある都市部で、パークがなかったり、思いっきり乗れる場所がなかったり、セキュリティが厳しかったり、チャリとは全然関係ないとこだけど、家賃が高くて生活が困窮したり…人それぞれ事情は違うけど、窮屈な環境でそうやってサバイブしてるローカルの姿こそ「東京」を反映した「らしさ」だと感じて尊敬してきたし、今でも尊敬している。

話が大きくそれたけど、東京に住んでBMXに乗るという事に、他人の評価を少し足して、自分自身がアイデンティティを持てるようになったことが嬉しかった。

これが2012年の出来事。

翌年2013年、突如NYのanimal bikesがジャパンツアーを組む事になったとペギーからの連絡が入った。全国のショップの営業回りが終わったら、都内を拠点に2週間のシューティングを行うらしい。で最後に「アテンド任されたんだけど」とペギーが一言。

いやいや大事件っしょそれ。ということで状況は大きく変わり始めた。



つづく