「下手なりに自分ができること」を考えるということはつまり「下手だから出来ないこと」にぶち当たるってことでもある。
まあ簡単に言えば技数の少なさがクリップの量を少なくしていることは明らかだった。要は練習して色んな技をモノにするか、別のことを考えて工夫するかという選択を迫られたわけで、結果として工夫することを選択したってことは、怠惰っちゃ怠惰です。
------------------------------------------------------------
で、とりあえず工夫をすることに(勝手に)迫られて、思い付いたのが「スポットを漁りまくること」だった。「街を使うこと=技+スポット=クリップ」と考えてみると、技数の少ないぼくにとって、スポットを多く知ることがクリップを貯める最短の方法だと思えた。
元々スポットシークは好きだったけど、近所からよく通う街まで含め、見ていない路地は死ぬほどあったし、スポットっぽいけど、使えねーなーみたいなスポットも山ほどあった。あとヒマだった。
スポットシークしながら通勤して仕事してスポットシークしながら帰って、スポットシークしながら乗って撮影して、乗る元気がなければスポットシーク。乗りすぎて夕方まで寝ちゃった時は夜からスポットシーク。チャリ以外の用で外出したらスポットシーク…とまあアホみたいにスポットシークばかりしていたが、気付いたら3度の飯と歯磨きとう◯このレベルでスポットシークが生活の一部になっていた。
多くのスポットを知ることで、クリップを貯めるペースは多少なりとも上がった。当然、スポットの中には使えねーなと見切るスポットも多かったけど、そういうスポットはペギーと、こうしたら使えるだのああやったらかっけーだの話すことでお互いのクリップの足しになっていった。
自分のためにやっていたことが、こういう相互的な作用を産むということはすごく面白いことだった。
さらに、路地に詳しくなることは、リアルストリートについて回る色々なリスクを回避することにも繋がっていった。
交番の位置やチャリ検問の重点道路を把握すれば、ノーブレーキで行動することのストレスが軽くなる。仮にキックアウトされてもスポットを知っていれば後の行き先にも困らない。
「警察や警備員に注意されて悪態をつく若者」という構図は好きではないし、望んでもいない。できれば人知れずノンストレスで効率よく乗りたいというぼくらの目的には、スポットを漁って街に詳しくなるということがぴったりだった。
こんな感じで、最初「自分のクリップを増やすこと」が目的だったスポットシークは、ペギーと共有することで、結果的に色々な副産物を産んだ。
「いかに街を使うか」というテーマに対して、ただ漫然と乗ることよりも、たった2人だけど相互的に組織的に考えることが面白くなっていった。
つづく
0 件のコメント:
コメントを投稿